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2014年08月25日

【知道中国 1118回】 「実に多くの点において物を糊塗することの巧みなる・・・」(宇野3)

<樋泉克夫愛知大学教授コラム>
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【知道中国 1118回】     一四・八・二十

 ――「実に多くの点において物を糊塗することの巧みなる・・・」(宇野3)
 『支那文明記』(宇野哲人 大正七年 大同館書店)
 
 北京の民家の簡単至極な構造に着目した宇野は、「支那家屋の頗る都合好いことは、壁を塗り直し室内を張り代へ塵に汚れた榱桷を塗り代ふれば、全く耳目を一新することが出來ることである。支那國民は實に多くの點に於て物を糊塗することの巧なるものである」と、家屋の構造から民族性を類推してみせた。

 宇野の説くように「支那家屋」から「支那國民」の「物を糊塗することの巧なる」性格を引き出せるものかは俄かには判断しようがないが、香港の農村地帯にあった旧い中国式民家の1室で3年ほど生活した経験に照らせば、構造は確かに簡便に過ぎるほど簡便だ。

 宇野は北京の民家を指して「室内は壁が立つて居る斗」と形容するが然もありなん、である。第一に天井は日本式には張られていない。部屋に立って上を見ると瓦、正確にいうなら瓦の裏側が剥き出しのまま見える。部屋を仕切るものといえば壁だけ。日本家屋のように障子もなければ襖も欄間もない。雨戸もないから戸袋もない。そのうえ窓は極端に少ない。だから障子や襖、それに雨戸を開け放って室内に新鮮な外気を取り込むことは全くできない。床は打ちっぱなしといえば聞こえはいいが、土を固め、そのうえを漆喰状のもので塗ったまま。そんな床にベッドを置いて寝る。だから、床にゴロンと寝転んで寛ぐなどということなど出来はしない。

 おそらく宇野が体験した北京は乾燥しているから湿気はさほど苦にならなかったろう。だが香港の場合、雨期にでもなれば土中の湿気が立ち上り、床に水滴となって浮き出て来るほどの湿気に悩まされる。だから雨期の日課は、目が覚めたらベッドから降りて、先ずモップで床の水滴を拭き取ること。加えるに換気が考慮されていないから、1年中、室内の空気が淀んだまま。これでは精神衛生の上からも問題が多い。いや多すぎる。

 我が香港での経験からして、「壁が立つて居る斗」という宇野の印象は確かに頷ける。どうやら古い民家は、北方の北京でも南方の香港でも、いや東南アジア各地のチャイナタウンでも民家は壁が多く換気がし難い構造が一般的。室内の空気は常にどんよりと黴臭い。

 換気困難な構造、いいかえれば新鮮な外気を家の中に取り込むことができないような家屋構造を、あるいは古くからの中国の姿、つまり超巨大な夜郎自大国の象徴だと考えたなら、或は飛躍に過ぎているだろうか。生活環境や自然環境が家屋の構造を左右し、家屋構造が人々の日常の立ち居振る舞いや精神生活に影響を与えるのかどうかは定かではないが、ああいった壁で遮られ空気が逼塞した家で暮らしていれば、超ジコチュウにもなろうというものだ。

 家の構造のついでに香港で体験した鼠の話でも・・・。

 手元不如意から家賃の安い田舎の民家に移り住んだ当初、鼠には悩まされた。夜中になるとチューチューと部屋の中を動き回る。五月蠅いだけではなく、暗がりで光る眼が不気味だ。そこで日本に手紙を出してネコイラズを送ってもらった。早速、ベッドの下や部屋の四隅に仕掛ける。

 2,3日が過ぎると、管理人の曽バアサンが「こっちへ来い」。彼女の部屋の床に数匹のネズミの死骸。事情を話すと、今度は「その薬をもっと送ってもらえ」と。1週間ほどが過ぎると、ネズミは駆除できたようだ。夜中に安眠を妨害されるようなこともない。それから2,3週間。夜中に足元でガサゴソ。鼠だ。そこで蹴飛ばす。すると鼠は、我が体の足から腹、腹から胸、胸から顔へと駆け上がり、顔の上を三周ほど。爪が口に入ったり、鼻を掻いたり。やがて頭の方からポンと床に飛び降り、暗闇に消える。以後、鼠は現れなかった。 

 果たして、日本製のネコイラズで仲間を皆殺しにされた鼠の仇討だったのか。《QED》
posted by 渡邊 at 19:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 考えてみた
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