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2015年03月04日

【知道中国 1200回】 「弟姓源、名春風、通稱高杉晋作、讀書好武」(高杉6)

<樋泉克夫愛知大学教授コラム>
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【知道中国 1200回】           一五・二・仲一

 ――「弟姓源、名春風、通稱高杉晋作、讀書好武」(高杉6)
 高杉晋作「遊C五錄」(『高杉晋作全集』昭和四十九年 新人物往来社)

■上海における賞罰の權、盡(ことごと)く英佛貳夷に歸すと聞く。信なるや否や。
●英仏はただ英佛士民を管理するのみ。本國事務なるは本國の官、処理す。

■(上海)城外の地、盡く英佛の管する所なるか。
●北門外は英仏に帰属するも、その外の地、本朝に隷属す。

●弊邦(しんこく)、孔聖を以て依帰(たより)と為す。貴處(きこく)、何の教えを尊崇す。士を取(えら)び官と作(な)すに詩文を考試(ためす)や否や。
■我邦(にほん)にては孔聖を貴(とうと)ばざる無きなり。別に天照太神有りて、士民皆奉じて尊崇す。次いで貴邦の孔夫子に及べり。士を取るは多く武を以てし、故に我が邦は武を以てす。〔中略〕人を教えるに忠孝の道を以てするに、天照太神と孔夫子に異なること有るに非ざるなり。故に我が邦の人、天神の道に素(ありのまま)にして孔聖の道を学ぶ。

■貴邦とオロシャと和親最も好くす。近世の事情は如何。
●オロシャ国、弊国と通商し在(お)いて我朝(しんちょう)に厚恩を感ず。助兵助餉之擧(すけだち)ある所以なり。和親の説、想うに斉東野人(マヌケでトンマ)の語るところのみ。
■口に聖賢の道を唱え、身は夷狄の役所(こまづかい)なるは斉東野人なり。真の斉東野人なるか。嗚呼、浮文空詩(しぶんをもてあそぶ)、何の当(やく)にか足(た)たん。目に一丁字無き兵卒、歎くべし、憂うべし。

■軍兵を操錬するところ、我、以為(おもう)に多く威将軍の兵法たり。或は西洋の銃砲陣法を学びしや否や。
●閣下、多く兵法を知る。而して此の地の招募する所の郷勇(へいし)は農民多し。現有の英仏二国は中国銃・外国砲の銃砲を慣用し、賊の寒膽(きょうふ)を見(あら)わすに、軍威、大いに振う。

■貴邦、外国との和親、最も好きは何国ならん。
●現在、英仏二国が最も総(ちか)し。以下、小国は少なからずも、詳細を知らず。交易、本は往来(ゆきき)なり。現(いま)、軍兵共に中外に會勦(てきのせんめつ)を議(はか)る。名付けて「會防の局」と謂う。

■嘗て聞く。貴邦、オロシャと和親最も好く、又貿易多く陸路に於ける。信なるか否か。
●和親、絶えることなく、毎年、北口外にて交易す。

■北口外なる、何州、何(いずれの)地なるか。
●州名無く、地名無し。乃(すなわ)ち、オロシャとの境なり。

■(別離の記念にと揮毫を贈られ)弟、歸郷の後、此の記(もじ)を壁上に題(かか)げ朝夕閑讀(もくどく)し、以て鬱屈の氣を發(はら)す可し。海外に知己を得るは、殆ど夢の如し。
●(返礼にと、高杉が日頃愛用の硯を贈ると)閣下を知己と為すは亦一生の大快事。何ぞ敢えて再び厚賜を承けん。況や此の硯、大兄常用するところなりて、此の物、亦甚だ珍(とうと)し。弟、其の人を得ざるを恐るも、之を却(かえ)さば、恐らくは不恭之誚(ひれいのそしり)を踏まん。謹んで拝謝致す。

 「海外に知己を得るは、殆ど夢の如し」との筆談を交わしてから5年後の明治改元を目前にした慶応3(1867)年、高杉は病に斃れる。この5年の間、肺疾に悩まされながらも倒幕に向け、獅子奮迅の戦いを続けた。「嗟日本人因循苟且、乏果斷」。享年27歳。《QED》

posted by 渡邊 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 知道中国

【知道中国 1199回】「弟姓源、名春風、通稱高杉晋作、讀書好武」(高杉5)

<樋泉克夫愛知大学教授コラム>
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【知道中国 1199回】          一五・二・初九    
 ――「弟姓源、名春風、通稱高杉晋作、讀書好武」(高杉5)
 高杉晋作「遊C五錄」(『高杉晋作全集』昭和四十九年 新人物往来社)

 太平天国軍の上海攻撃を防ぐために「支那人英佛人に頼」んだが、「其軍費何國より出すか」と尋ねると、「英人云、軍費我自だす、支那人云、自我贖ふ」との答が返って来た。イギリス人と中国人の双方が共に我が方の出資だと。そこで高杉は「不分明也」と。

 高杉は上海で出会ったアメリカ商人に対し、「弟近日讀英書、未得與人談、日夜勉強、他日再逢、欲得與兄能談(最近は英書を読んでおるものの、会話は不如意でござる。日々勉学に励み、次回面談の折、貴公とは話ができるよう努める所存なり)」と語っている。行動を共にすることの多かった中牟田は英語ができたから、おそらく中牟田がイギリス人から「軍費我自だす」という答を引き出したのだろう。

 これに対し中国人からの「自我贖ふ」との回答だが、中国人との筆談を纏めた「外情探索録巻之貳」の冒頭で、「我日本書生、少解貴國語、問答憑筆幸甚々々」と記しているところからして、「自我贖ふ」は高杉自身が筆談で聞きだしたはずだ。

 以下、「外情探索録巻之貳」に従って、中国人と交わした興味深そうな会話を綴ってみたい。なお、■は高杉、●は中国人(複数)である。

■貴邦、近世の豪傑は誰。嘗て林則徐、陳化成は頗る英傑たりと聞く。信ずべきや否や。
●則徐は陳成に比し更に勝れたり。

■イギリス、オロシャ、メリケン、フランスの「五國之裏、孰れの國を以て強と爲すや」。
●オロシャが最強である。
  (イギリス、オロシャ、メリケン、フランスでは4ヶ国のはずだが、原文は「五國之裏(うち)」となっている。高杉はオロシャ最強の理由を問い質そうとしたが、幕吏帰館の知らせがあり、「予、即ちに匆々に筆を投げ去る」)

■上海におられる「隱士逸民」につき、その名前をお教え願いたい。
●当地は海浜の地にて「俗人」が多い。世を逃れ隠れ住む者も敢えて名前を隠し、ただ金銭を求めるのみ。

■孔子の教える聖道は、かつては盛んだったが今や衰えてしまった。慨嘆するばかりだ。
●まさに、その極み。金銭のみが命であり、恥ずべき限り。笑うべく歎くべし。

■(外出中の名倉を訪ねてやってきた中国人に対し)名倉は出掛けたので再度お越し願いたい。ところで弟もまた時事を談ずことを好む。然るに此こは我が国俗吏の所在、故に默す。姓名と居處を書して去らんことを請う。

●姓名と貴国における役職をお尋ねしたい。
■弟性(おそらくは「姓」の誤記)は源、名は春風、通稱は高杉晋作、書を讀み武を好む。常に貴邦の奇士王守仁(=王陽明)の人と為りを欽慕す。

■兄、讀書人と聞く。今、賊亂を避け此の海隅地に居す。その心中、思う可し。
●旧冬より長毛賊を避け此こに至る。今春三月、家屋は既に焚焼され、家中の書籍金石圖畫は一併(すべて)が空(うせ)たり。惨憺たる様は言い難し。

■これを聞くに、人をして潜然(ふかくしずか)に落涙せしむ。貴邦、堯舜以來堂々正氣の國、而るを近世區々として西夷の猖獗する所たるは則ち何たるか。
●いま國運は凌替(すたれ)る。晋の五胡、唐の回訖、宋の遼金夏、千古は同じ慨きなり。(清もまた、夷狄に滅ぼされた晋、唐、宋と同じ運命を辿る)

■國運の凌替るは君臣、其の道を得ざるの故、君臣其の道を得れば、なんぞ國運の凌替かあらん。貴邦、近世の衰微、自ら炎(も)やすのみ、これを天命と謂(い)わんか。

 「貴邦、近世の衰微」は自業自得であり、天命だ・・・高杉、よくぞ言った。《QED》
posted by 渡邊 at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 知道中国
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