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2015年04月10日

【知道中国 1226回】「糞穢壘々トシテ大道ニ狼藉タリ」(小室3)

<樋泉克夫愛知大学教授コラム>
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【知道中国 1226回】        一五・四・初八

 ――「糞穢壘々トシテ大道ニ狼藉タリ」(小室3)
 『第一遊清記』(小室信介 明治十八年 自由燈出版局)
 
 小室は「支那内地ニ旅行スル十里、十年漢籍ヲ讀ムニ勝レリト」と記すが、「漢籍ヲ讀ム」ことを頭から否定したわけではないだろう。「漢籍ヲ讀」んだうえで「支那内地ニ旅行スル」、或は「支那内地ニ旅行」しつつ「漢籍ヲ讀ム」ことの重要性を訴えているように思える。おそらく万巻の「漢籍ヲ讀」んでいる「我邦ノ儒學者ニテ世ニ著ハレタル人」であったにせよ、岡千仞もまた「支那内地ニ旅行」したからこそ、「予ノ想フニ中國固ヨリ此ノ如クナリシナルベシ」と笑いながら応えたに違いない。

 やはり中国に対して激情が先立って冷静な判断力を狂わせてしまうのも、あるいは堆く積まれた「漢籍」の山に幻惑され、そこに記された“バーチャルな史実”に酔い痴れるのも、共に百害あって一利なし。これは現代にも通じる絶対の真理だ。

 「我邦ノ儒學者ニテ世ニ著ハレタル人」の「岡氏ノ事ニ就キテ一笑有リ」と、小室は綴る。「清國ノ軍機大臣等數名北京ナル日本公署ニ來リシトキ」、ちょうど岡が滞在中だったので、日本側の榎本公使が「此ノ翁ヤ日本ノ儒者ナリ」と紹介した。彼ら対し、榎本公使は「方今世界文明社會開進ノ氣運駸々乎」であり、「國民ヲシテ此ノ開進ノ氣運ニ伴ヒ文明ノ域ニ進マシメント」するなら、学校や病院と同じように鉄道も必要であり、利に敏いからこそ商人は早急な着工を望んでいるはずだと鉄道敷設の利害得失を情理を尽くし説得する。だが清国側は、「我ガ邦ニ於テ鐵道ヲ設クルハ利少クシテ害多キヲ見ル」「鐵道ハ我國朝野ノ別ナク官民皆之ヲ嫌フ」と、全く聞く耳を持たない。あまつさえ清国側は、「鐵道ノ利害」について岡に向って結論を求めた。かくして小室は、「嗚呼公使二十年經驗ノ言只一儒士ノ信用ニ及バズ驚クベキヿト謂フベシ」と。

 つまり「清國ノ軍機大臣等數名」の頭は、孔子サマの教え、有体にいうなら出来もしないし、屁の役にも立たない理想(ネゴト)がギッシリと詰まってはいるばかり。だから彼らからは、目の前の難題を解くべき現実的方策を模索しようなどという発想は生まれない。

 孔子の時代に鉄道などありえない。いや世界中の神羅万象・人事百般が自国の発祥・発明などと臆面もなく強弁する韓国の方々なら、「孔子の時代に韓半島には鉄道があった」とオメデタクも思い込んでいるだろうが・・・。ともかく孔子の時代には鉄道は発明されていない。にもかかわらず「鐵道ノ利害」を「日本ノ儒者」である岡千仞に問い質そうというのだから、もはや処置ナシの極みなのだ。

 中国では脳ミソを脳筋という。いったい、いつの時代からそう呼ぶようになったのか。いくら調べても、多くの中国の友人に訊いても確たる答は返ってこない。それは、いつの時代から脳ミソと呼ぶようになったのか日本人が答えられないと同じだろう。ともかくも形からすれば脳はミソ状だがが、働きからいえば筋肉というべきかも知れない。筋肉であればこそ、不断に動かし鍛えないと退化するばかり。脳を筋肉と見做すからこそ、中国語では「動脳筋(アタマを働かせろ)」ということになるが、どうやら「清國ノ軍機大臣等數名」の振る舞いを見ていると、孔子サマの有難い教えは脳筋弛緩剤的働きを持ち、現実問題から目を背けさせる効能がありそうだ。やれやれ、である。

 井の中の蛙大海を知らずとはいうが、中国という井は大海ほどにデカい。であればこそ、井を大海と見誤った議論が横行しているわけだ。開放政策、つまりはカネ儲け路線が順調に動き始めた90年代半ば、中国では「接軌(世界のルールに則れ)」との声が挙がったことがあるが、やがて自国を中心に大金が回転したと思い込むや、殊勝な「接軌」の声は掻き消され、超夜郎自大の「中華民族の偉大な復興」であり「中国の夢」の登場となる。

 嗚呼、伝統の根深さ・・・ほとほと孔子サマは罪深いゴ仁であると思いマスよ。《QED》

posted by 渡邊 at 06:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 知道中国
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