
【知道中国 1253回】 一五・六・仲六
――「清人の己が過を文飾するに巧みなる、實に驚く可き也」(尾崎10)
尾崎行雄『遊清記』(『尾崎行雄全集』平凡社 大正十五年)
台湾北部の要衝といえば、太平洋岸の基隆、台湾海峡に面する淡水、その両地の中央部に位置する台北だろう。基隆と淡水へのフランス海軍の攻撃に対し、清国側の防戦情報が錯綜する。奮戦敢闘なのか。はたまた惨敗遁走なのか。いずれにせよ現地からの情報は一定しない。どうやら各地の軍事や行政の責任者が論功行賞を第一に考え、虚偽・粉飾報告をしているらしい。かくて尾崎は、「清人の己が過を文飾するに巧みなる、實に驚く可き也」と。
10月半ばの日曜日。その日は「冷氣甚だ嚴。次で雨至り冷氣u々嚴」。さすがの尾崎も「孤客天涯の愁を知る」などと、柄にもなく寂しさが募ったようだ。折よく客があり、「清國當今の情形を話」してくれた。さて客とは岸田吟香か、はたまた小室信介か。
「支那政府の衰壞今日に至て極まる」と、客が切り出す。全文を書き写すべきかと思うが、相当の長文であり敢えて概略を現代風に書き改めてみたが・・・思えば明治17(1884)年の26歳の若者の文章を、130余年後の平成27年に60代後半が現代風に置き換えるのに四苦八苦するとは。何とも情けなく、猛省するしかない。それはともかくとして、
――中国政府の崩壊ぶりは、現時点で極まったというべきだ。外交部は外交の大権を預かり極めて重要な任務を遂行すべきなのに、担当幹部は海外の事情に全く疎く、その昔に外国を蛮夷として扱った感覚のままに欧米諸国に対応しようとする。そこで彼らは一時の弥縫策を弄そうと苦心惨憺しているわけだ。欧米諸国なんぞは蛮夷にすぎないと振る舞ってみせるが、それは国内向け。だが、その国内向けの詐術に気づいた欧米諸国の外交官から詰問されると、ありとあらゆる美辞麗句や身勝手な言い訳を並べて誤魔化す。全く恥というものを知らない。
相手が鋭敏で中国側の底意を見破って糾弾するや、直ちに手の平を返すかのように平身低頭だ。そして「これは旧来からの方法で、こうでもしなければ国民の中の孔孟の道を弁えない『教外の民』を手懐けることはできないわけでして・・・」と、言い訳がましく口にする。国内向けと外国向けの姿勢の使い分けを、外国人は「嘘つき外交部」と嘲り笑う。
官吏は黄金(ワイロ)の多少に応じで任命し、解雇する。黄金が多くなかったら、高い官位に就けるわけがない。科挙という官吏採用試験があるとはいうが、試験官に対する受験者の付け届けがモノをいうわけで、試験成績の優劣は余り意味がない。だから科挙試験の合格者といっても、地方試験である郷試合格者の秀才、上級レベルの会試合格者の挙人、皇帝の面前での最終試験の殿試に合格した進士であれ、全ては黄金の多少に拠るわけだ。
中国人の著書に「委重資而得官(「重資=大金」ニ委ネ官ヲ得ル)」との表現が見えるが、それは如何に頭脳が優れていようが、莫大な黄金を贈らないとゼッタイに官吏になれないということを指摘した言葉だ。
ならば科挙合格者で官吏に採用された者の全部が金持ちの息子かというと、必ずしもそうではない。貧乏人の子弟でも多くの黄金を贈りさえすれば、官吏になれる。そのカラクリはというと、将来有望な若者がいれば、スポンサーが現れるのだ。殊に最終試験の皇帝の面前での口頭試問である殿試に受験しようなどという飛び切り優秀な若者が北京に到着するや、四方八方から金持ちが現れ、大金を手にスポンサーとして名乗り出る。
提供された大金を試験官に贈って合格し高い官位に就くなた、今度は収賄に努め金銭を掻き集め、利息付きでスポンサーに返礼する。そこでスポンサーは時に初期投資の数10倍の利益を得ることだって珍しくない。中国では、官位もまた利殖のための投機商品――
尾崎は「亦以て清廷の外交法、及び考課任用法の一斑を窺ふに足れり」と綴るが、あるいは共産党政権の「外交法、及び考課任用法の一斑」にも通ずるような・・・。《QED》