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2015年06月14日

【知道中国 1246回】 「清人の己が過を文飾するに巧みなる、實に驚く可き也」(尾崎3)

<樋泉克夫愛知大学教授コラム>
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【知道中国 1246回】          一五・六・初二

 ――「清人の己が過を文飾するに巧みなる、實に驚く可き也」(尾崎3)
 尾崎行雄『遊清記』(『尾崎行雄全集』平凡社 大正十五年)

 午後は郊外に馬車を走らせた。道の両側には外人用の別荘が並び、さらに大型工場も見えるが、操業しているようでもない。聞いてみると、4年ほど前迄は好景気で内外の資本が合弁で次々に大工場を建設したが、完成時期に不景気に見舞われ、この有様だという。

 工場が途切れる辺りには綿花と豆の畑が広がっているが、畑中には「長六七尺横二三尺の木函を置くこと甚だ多く、間々藁包を以て之を掩へる者あり、又瓦の屋根を其上に造れる者あり、又高二三尺より四五尺に至るの小丘あり」。死者の棺と墓だった。「死後三年間は棺の儘にて之を畝畑の間に曝し、既に葬を終れば」、後は適宜処理することになる。かくして「棺?墳墓、田畝の間に亂點し、死者の父兄たり子孫たる者日々其傍に耕種し、古き者は壞て豆麥の肥料と爲し、新しき者は暫く存して雨風の壞崩するに任す」ことになる。この風習は全国的に行われているのかどうかは知らないがと断わったうえで、尾崎は「父母兄弟子孫の墳墓を毀て種を植ゑ、孝悌の道に於て缺くる所あるが如し、何ぞ孔孟のヘを以て此陋習を一掃せざる」と。

 血を分けた肉親の墓を壊し平然と農作業に勤しむとは、じつに不見識極まりない。孔孟の国でありながら、なぜ、孔孟の訓えの柱である孝悌の道に悖る無神経で不道徳な行いが日常茶飯に平然と行われているのか、というわけだ。

 ところが、である。かくもデタラメに扱いながら、他人が墳墓に触れることを極度に嫌う。近代化の一環として鉄道建設をしようにも、田畑のそこにもここに存在する墳墓に手が付けられない。鉄道は墳墓を避けなければならず、真っ直ぐに線路が敷けない。ならば、「鐵道築造を論ずる勿れ」と。伝統の桎梏というところだろうが、どうやら近代化は至難といったところか。

 上海到着して程なく、福建の要衝で知られた金派の守備兵が誤ってイギリス海軍のセフォール号を砲撃したとの情報を得た。じつは「兵機に敏捷なる」フランス海軍は福建の重要拠点に布陣を済ませ、「一朝和約の保ち難きを知るや、僅に十二分間にて清國の兵船十二艘を轟壞し、而る後に武庫、船廠、船渠を?破し」、福建配備の清國海軍を完膚なきまでに撃破してしまった。つまりフランスは和平交渉をする一方で、戦争の準備を怠らなかった。だが「徒らに自尊を大にして他を蔑視せる支那人」は、それを知らなかったということ。

 かくてフランス海軍の奇襲を受けるや、「徒らに自尊を大にして他を蔑視せる支那人も、一敗地に墜て大いに錯愕狼狽し、魂飛び眼昏」する。その結果、イギリス海軍旗なのかフランス海軍旗なのかの弁別もできず、遂には中立国であるイギリスのセフォール号に向って誤って砲弾を発射してしまったというわけだ。

 「徒らに自尊を大にして他を蔑視せる支那人」とは、まさに言い得て妙。彼らの「錯愕狼狽し、魂飛び眼昏」する姿が、目の前に浮かんでくるようだ。かくして周章狼狽・前後不覚・呆然自失・錯誤狂乱・百戦百敗・自己弁護・責任転嫁・・・。

 某夜、「居留外人の開設する」圓明園公園に出掛けた。そこは「滿園清麗亦體を休め氣を慰むに足れり」で、「此園固と衆と樂を共にするが爲めに設くる者、故に貴賤少長の皆均しく來り遊ぶことを許す」。つまり誰が来園して遊んでも許されるのだが、「犬と支那人に至て、門衛之を叱して入ることを禁ず」。それというのも、「一たび支那人を放て公園に入らしむれば、公園忽ちに其面目を汚損し、今日の清麗の状態を保つ能はざる」からだとのこと。外人居留地に住む中国人は公園施設の維持管理費用を供出しているゆえに、公園利用を求めるが、許可されない。そこで尾崎は、「支那人の(入園の)要求理ありと雖ども、恐くは容易に公園觀遊の權理を得難からん乎」と。自業自得と評するは、些か酷か。《QED》
posted by 渡邊 at 10:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 知道中国
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