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2015年07月11日

【知道中国 1256回】 「清人の己が過を文飾するに巧みなる、實に驚く可き也」(尾崎13)

<樋泉克夫愛知大学教授コラム>
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【知道中国 1256回】               一五・六・念二

 ――「清人の己が過を文飾するに巧みなる、實に驚く可き也」(尾崎13)
 尾崎行雄『遊清記』(『尾崎行雄全集』平凡社 大正十五年)

 またまた淡水からの戦況報道だが、今度は「英人の手に成れる者なれば強ち偏頗の報道には非ざる可しと思うはる」。いわば中国人の報道は客観性の欠片もなく、自己中心の「偏頗」に過ぎるということだろう。

 この「英人の手に成る」報道から、この戦争に対するフランスの目的を「固と大規模大計劃有て、施措する者に非ず、その目的唯安南の保護權を確定し、實費に倍?する所の償金を攫取するに過ぎ」ずと見做した。これは「世人皆推測する所」のようだ。つまりフランスは、@安南(ヴェトナム)の保護領化、A実費を数倍する賠償金の獲得を狙っているに過ぎない――というわけだ。

 ならば「速やかに其目的を達するの要は、先づ支那政府を錯愕恐怖せしむるに在て、之を錯愕恐怖せしむるの道唯充分の兵力を備へ、迅雷耳を蔽ふに及ばざるの勢を以て、連りに沿海の要地を陥るゝに在り」。つまり、戦争目的を達するためにフランスは、十分な軍事力で中国沿海の要衝を一気に占領し、清国政府の度肝を抜いて恐怖愕然とさせればいいだけのこと。だがフランスは僅かな兵力を「南洋の僻地」、つまり台湾に派遣して破れるという情けない始末だ。こんなことを繰り返していては、「唯其目的を達する所以に非ざるのみならず、却てu々を遠ざかる所以也」と。清国にすらバカにされてしまうぞ、である。

 そこで尾崎は戦況視察から上海に戻った我が海軍の天城艦を訪れ、台湾の実情を聞き質す。士官の懇切な解説に拠れば、基隆に上陸したフランス兵を清国軍が敗退したなどということは「全く無根の妄説なり」。やはり、そうだった。

 じつはフランス兵は少数だが、全員がヴェトナムでの戦争を体験してきており、実戦経験十分であり「裕然として毫も清兵に恐るゝ所なき者の如し」。フランス兵に倍増すと思われる清国兵は有利な態勢で「天險の地を守る、之をして苟も戰意あらしむれば、佛将の戰に長ずるも、其一兵だに上陸する能はざるべし」。だから「若し基隆の守兵をして、敵と同等の勇氣と熟練とを有せしめれば」、決してフランス兵などに敗れることなどないはず。フランス兵の上陸を許し敗れたということは、とどのつまり清国兵の「其怯弱實に驚く可し」。

 これに対し淡水では、「明治七年我が兵臺灣を征伐の日、命を受け該島に赴」いて以来、台湾防備に当たっている「守将孫開華」の指揮の下、清兵は奮戦健闘し、フランス軍を退けている。それというのも、「孫将軍臺灣に守る十年間、數々生蕃を討て、其兵稍や戰に慣るゝの致す所には非ざる乎」と。ということは「其怯弱實に驚く可」き清国兵でも、勇将の下で実戦を重ねさえすれば善戦敢闘するのではなかろうか。

 某日、友人を伴って上海城内で買い物をするものの、その惨状に唖然・呆然・慄然。

「惡臭の鼻を衝くこと依然として曩時に異ならず、乞丐児の街側糞便堆裡に平坐して、錢を乞ふ者u々多きを覺ふ。其内糞中に横臥し血を吐く數升、呼吸将さに絶えなんとして未だ絶えず、呻吟苦を叫ぶの際、尚ほ既に冷却せりと思はるゝ計りの痩手を出して、錢を乞ふ者り」。そこで尾崎は「一見慄然寒からずして膚粟を生ず」。にもかかわらず「支那人毫も之を怪しまず、平視調笑して過ぐ」。

 それしても「糞便堆裡に平坐し」、「糞中に横臥し血を吐く數升、呼吸将さに絶えなんとして未だ絶えず」して「錢を乞ふ」とは、凄まじい限りの情景である。想像してみるだけで、尾崎ならずとも「一見慄然寒からずして膚粟を生ず」る。だが、街角の惨状を「毫も之を怪しまず、平視調笑して過ぐ」という。ということは、そういう振る舞いは「支那人」の豪胆に拠るのか、無慈悲・無関心からなされるのか。それとも、余りにも日常的な風景だからなのか。おそらくは余りにも見慣れた風景であればこそ、なんだろうな。《QED》

posted by 渡邊 at 08:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 知道中国
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