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2015年08月17日

【知道中国 1265回】 「市店雜踏、穢臭衝鼻、覺頭痛涔涔」(岡6)

<樋泉克夫愛知大学教授コラム>
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【知道中国 1265回】         一五・七・十
 ――「市店雜踏、穢臭衝鼻、覺頭痛涔涔」(岡6)
 岡千仞『觀光紀游』(岡千仞 明治二十五年)

 岡は反論を記した。そうはいうが「中人」は地面に着きそうに長い弁髪なるものを垂らし、「毒烟(アヘン)」を嗜み、「食色」に淫し、婦人は纏足で、家には厠がない。街路は車馬が通れないほどに狭いではないか。自分たちの常識・基準で相手を批判すべきではない。そもそも日本と「中土」とは「同文」で隣同士だが、風俗というものは異なっていて当たり前だ。欧米なんぞは遥かに遠く、民族の種類が違うし、宗教も文字も全く相反している。だが最近は世界中が往来し、互いに友誼を結ぶようになった。「此れ、眞に宇内(せかい)の一大變(さまがわり)だ」――もう世界は変わったんだから、いつまでも自分たちの価値基準を絶対視し、それでもって他国や他民族の風俗習慣をとやかく論難すべきではない、というのだろう。やはり岡も、「中人」が万古不易に盲信する超自己チューにクギを刺す。

 岡は杭州に夏の暑さを避けるため、6月末から8月の半ば過ぎまで杭州に「小住」する。寺廟や景勝地を訪ね友人との往来を愉しんでいるが、興味深い記述の数々を綴っていた。
夜、街を散歩し、乞食の硬直死体やら首枷を嵌められた犯罪者を目にする。犯罪者は道の傍らに蹲り、通行人に銭を乞い腹を満たそうとする。「恬として羞色無し」と。恥を知れ恥を、である。

 杭州の一角には慈善家が資金を提供して運営する善済堂という施設があり、1000人ほどの身寄りのない60歳以上の男を収容している。5人1部屋で、食事は「一飯一味」。寺院の斎堂のようなものだ。日を定めて酒と肉を提供し、「剃髪湯浴醫藥」については専門の担当者を置く。庭には仏堂があり、仏道の修業をする。求めに応じ冬には綿入れを、夏には暑さを避けために敷いて寝るゴザと団扇を給付する。欠員が生じると、抽選で補充する。この他に、「貧民棄兒」を養うための育嬰堂、「節を守る」がゆえに生活に困窮する未亡人を収容する清節堂がある。これら施設を指し、岡は「此等、歐俗に類す」と。

 杭州に来たら岳飛廟参詣は定番コースである。岳飛は宋代の将軍で侵略を繰り返す異民族と戦った“永遠の民族の英雄”とされ、その傍らには異民族には戦でなく和議で臨むべしと唱えたが故に“永遠の漢奸”とされる秦桧と王夫人の銅像がある。2体は地上に倒され、参詣者から降り注がれる小便で、「臭氣、鼻を撲つ」と。岳飛廟詣での際、憎しみの余り小便をかけるといわれているが、さて衆人環視のなかでイチモツを引っ張り出して事に及んだのだろうか。まさか、現在では、そうはしていないと思う、いや思いたいのだが・・・。

 夜、ある僧侶と一刻を過ごした後、「歸途、月に乘りて市街を徘徊す。烟店を過ぎる毎に臭氣、鼻を衝く。曰く、杭一城、烟を業とするもの、千餘戸を下らず」。杭州だけでも千軒を超えるアヘン吸引宿があったというのだから、これはもう処置ナシ。

 友人宅で山海の珍味で持て成される。宴終わるや蒸しタオルでサッパリし、お茶を愉しむ。別室には必ずアヘンが用意され、2人で顔を見合わせ、アヘンを吸いつつ会話を交わす。「此れ、常法と爲(な)る」。そこで岡は、アヘンの毒は人命を縮め国力を殺いでしまうから、如何なる理由があれ「苟も人心有る者は」アヘンを吸うべきではないと痛罵する。

 すると岡の説を「悦ばざる」友人が、アヘンは「中土」では一般の風習となっているから、「聖人、再び生まれたと雖も、復た救う可からず」と反論してきた。そこで岡は「衷心由りの言に非ざると雖も、亦、以て其れ弊害を成すこと、一に此の極みに至るを知る可し」と。つまり真顔で言っているわけでもなかろうが、この種の軽口を叩くこと自体、アヘンの持つ害毒を軽々しく考えている。もはや救いようがないとでもいいたかったはずだ。アヘンの弊害について、怒りを込めて記しはじめた。やや長くなるが、当時の日本人の中国観の一端を知ることができそうなので、岡の主張に耳を、いや目を向けてみよう。《QED》

posted by 渡邊 at 06:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 知道中国
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