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2015年08月18日

【知道中国 1266回】 「市店雜踏、穢臭衝鼻、覺頭痛涔涔」(岡7)

<樋泉克夫愛知大学教授コラム>
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【知道中国 1266回】          一五・七・仲二
 ――「市店雜踏、穢臭衝鼻、覺頭痛涔涔」(岡7)
 岡千仞『觀光紀游』(岡千仞 明治二十五年)

 清末の危機的情況に警鐘を乱打した思想家の魏源(1794年〜1856年)を論拠に、岡は自論を展開する。因みに魏源の主著で知られる『海国図志』を手に、我が幕末の志士は世界に目を見開くことを学んだ。魏源は真の学生を、「中土」ではなく日本で得たわけだ。

 ――かつて魏源はアヘンの毒について論じ、「中土の精英」を失わせ、毎年計り知れないほどの金額が消耗されるが、それを塞ぐことができない。底の抜けた甕に水は溜まらないものだ。また、魏源は次のようにも説いている。日本は「水戰火攻(かいせん)」では「中土」のようではないが、厳格な沿岸警備、厳罰、幕府の威令によって「邪教を禁じ。烟毒を斷ち」、結果として軽犯すら犯すことはなかった。確かに清国の「水戰火攻」は西洋には及ばないものの、全くダメというわけでもない。沿岸を防備し「邪」を禁止することが日本に及ばなくても、果たしていいのか。王朝の威令が海外にまで及ばないことは致し方がないことだが、国内でアヘンを販売し、アヘンを吸引する愚民の横行を許していいのか。以上が魏源による「實に沈痛の言」である。だが「中人」はこと此処に至っても「猛省」しない。いったい、これはなんということだ――

 その場に居合わせた友人が名香で練り上げたて作った念珠を見せながら、「路上の汚穢惡臭、人をして勝(た)えざらしむ。故に香珠を手にし鼻端に薫(かお)らせん」と。街に満ち溢れるアヘンの悪臭を防ぐべく香りのいい念珠を首から下げ、常に鼻先にいい香りを漂わせておこうという趣向のようだ。だが、「中土」の街巷は狭隘なうえに塵穢の山であり、とてもじゃないが悪臭を防ぐ手立てはない。かくて香珠は無残にも役に立たない。

 その翌日のこと。西洋の例を挙げながら度々「烟毒を痛論」する岡に堪りかねたのか、友人の1人が反論を始めた。李鴻章は近代化と称して西洋の真似をしたが莫大な予算を投じたものの大失敗で「大いに民心を失ったではないか」と。そこで岡が反論する。

 ――西洋人は近代的な機器を造り、船舶を走らせ、紡織機を使い、様々な産業を興した。やがて富国強兵を達成し、世界に冠たる地歩を築いた。いま、李鴻章が進めている近代化は西洋の良い点を取り入れて自分のものにしようとする試みであり、国の大本を固めようとしているのだ――

 すると友人は、「機器なんぞ聖人の脳中にはなかった。『此徒』が企んでいることは『國人を率い質實を去り、機巧に趨(む)かわしめるのみだ』」と反駁する。孔子は機械なんぞについて説いてはいない。ヤツラが狙っていることは我が民から質実な精神を抜き去り、たんに世故に長けた人間にしようとしているだけ、とでもいうのだろう。それにしても時の最高実力者であった李鴻章を「此徒」と表し軽んずるということは、「洋務運動」と呼ばれた一連の清末近代化政策を進めた李鴻章に対し、余ほどの怨みを持っていたのだろう。

そこで岡が切り返す、

 ――たとえば周公旦の指南車、孔明の木牛流馬だが、あれは機器ではないのか。聖人は鋤や鍬を考えだし農業を教え、機織り機を造って機織りを学ばせ、鋸や斧を工夫し住居を与えてくれたのではないか。機器でないものがあろうか。いま西洋人は工業を説き、機器を発明しているが、あたかもそれは「中土の聖人」が作って人に教え授けたことと同じだろう。ただ、それを大掛かりにしただけだ。堯舜は人民に善を施した。いまキミは「質實を去り、機巧に趨かわしめる」などと口にするが、バカバカしいのも程ほどにしておくがいいだろうに――

 すると友人は「變色」し、「イギリスやフランスの『豺狼(けだもの)』に『人理(ひとのみち)』が当てはまるのか」と猛然と突っかかって来た。そこで岡は静かに諭す。《QED》

posted by 渡邊 at 07:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 知道中国
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