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2015年08月27日

【知道中国 1272回】 「市店雜踏、穢臭衝鼻、覺頭痛涔涔」(岡13)

<樋泉克夫愛知大学教授コラム>
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【知道中国 1272回】        一五・七・念四

 ――「市店雜踏、穢臭衝鼻、覺頭痛涔涔」(岡13)
 岡千仞『觀光紀游』(岡千仞 明治二十五年)
 
――(ある友人が説く)我が国は欧米に学ぶのではない。聖人の道には自ずから富強への方策が説かれているのだ。貴国(にほん)は此(おうどう)ではなく、彼(はどう)を求めた。その姿は、まるで高い木から降りて深山幽谷に分け入っていくようなもの、と。嗚呼、彼の考えはブザマであることか。すでに陸上では輪車(くるま)が疾駆し、海上では輪船(じょうきせん)が航海している。電線は網の目のように張り巡らされ、聲息(じょうほう)が行き交っている。宇内(せかい)の激変はここまできているのだ。だが彼らは、相も変わらず「六經を墨守し、富強の何事を爲すかを知らず、一旦法虜(フランスのほりょ)の滋擾(そうらん)あれば、茫然として手を措(ほどこ)す所を知らず。皆(ことごと)く、此の論、誤る所為り」(8月11日)――

 原文の「下喬木。而入幽谷者」を「高い木から降りて深山幽谷に分け入っていくようなもの」と訳してみた。全体を捉える道を自ら捨てて枝葉末節に奔ってしまい己を見失う、と受け取れるのだが、ならば「下喬木。而入幽谷者」は日本ではなく、聖人の道に雁字搦めになって身動きが取れず、目の前で次々に起きている問題に立ち向かおうとしない「中土」にあるはず。いくら宏大とはいえ「中土」は「宇内」の一部にすぎないわけで、その「宇内」が直面している激変に素直に目を向けるべきだ。そうすることが富強への第一歩というものだろう。だが、こんな岡の説得を聞き入れることはなかった。なにせ彼ら「中土」の人は「六經を墨守」することしか知らないのだから。

――友人が持参した上海の新聞が、15日にフランス海軍の5隻の軍艦が台湾を攻撃し、雞籠(現在の基隆)の砲台を陥落させた。上海に派遣されたフランス使節は、その事実と共に「和戦は唯に貴國の爲す所たり」と伝えたと報じている。私は識者に逢う毎にフランスの事を説いたが、多くは思い過ごしだと笑い飛ばす。だが考えてみれば台湾は東洋における地政学上の要衝の地だ。ここが一旦フランスの手に落ちたなら、東洋の混乱が始まってしまうのだ(8月13日)――

 13日、在上海日本政府公館が発した「中国内陸部に在住する日本人に対し混乱を避けるべく直ちに上海に退避すべし」との命令を受け、岡は「余、獨(ひとり)、此の地に優游(あそ)ぶ可からず」と納得し、上海に戻る。

――(上海の新聞が)「中土」は大砲を鋳造し、最新船舶を購入し、招商・機器の2部局を創設すべく莫大な資金を投ずることとなった。だが雞籠における戦闘ではフランス軍の砲声が聞こえるや、守備兵は驚き腰を抜かし一斉に蜘蛛の子を散らすように逃亡してしまった。これでは莫大な資金と多大な人力を投じたところで、大砲を鋳造せず、一兵も訓練しないと同じではないか。我が土地は侵され、我が堡塁は抜かれ、我が国富の源は奪われ、我が赤子(じんみん)は辱められるままだ、と報じている。

 イギリス人は「彈丸黒子(ちっぽけ)」な香港を略取したことで、東洋貿易が生み出す莫大な富をゴッソリと奪ってしまった。香港に較べ台湾は大きな島であり、フランスが手中に納めたら、日・中の上に立って双方を扼し、この地域における覇権を握ってしまう。「此れ、東洋局面の一變たるもの」だ(8月14日)――

――(訪れて来た友人との話が)フランスの事に及ぶ。すると財政破綻にも拘わらず大激動に対処する方法を知らないと、彼は憤激するばかり。やはり「中土の人、虛文(なかみのないぶんしょう)を構(もてあそ)び、大言(おおぼら)を好む。堅忍(だんこたるこころざし)の人、一(ひとたり)も無し」(8月16日)――

 続けて岡は「一洋人の言」を挙げながら、「中人の病」を指摘した。《QED》

posted by 渡邊 at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 知道中国
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