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2015年04月19日

【知道中国 1230回】 「糞穢壘々トシテ大道ニ狼藉タリ」(小室7)

<樋泉克夫愛知大学教授コラム>
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【知道中国 1230回】         一五・四・仲六

 ――「糞穢壘々トシテ大道ニ狼藉タリ」(小室7)
 『第一遊清記』(小室信介 明治十八年 自由燈出版局)
 
 「地方ノ事」は「我ノ干リ知ル所ニアラズ」というのが「中央政府ノ官吏一般」の共通した考え。それゆえにフランスが莫大な戦費と貴重な人的犠牲を払って台湾(淡水)や福建(福州)やベトナム(トンキン)を軍事制圧しても、中央政府に対する「恐嚇」の効果は全く期待できない。だから一層のこと、「佛人ハ大擧シテ北京ヲ衝キ其ノ軍旗ヲ皇宮ノ上ニ飄ヘサゞル限リハ自己ノ目的ヲ達スル能ハザルベシ」と説く。

 つまり清国(中国)は国家のような体裁をみせているが、国家と見做して相手をしたら大いに誤る。纏まりがあるような、ないような。国家としての一体感を持ち合せていない。加えて気の遠くなるように膨大な人口を持ち、土地は茫漠として果てしなく広い。だから地方でなにが起ろうと、中央から遠く離れた辺縁の地方がどうなろうと、その痛みが中央には伝わらないし、中央は最初から地方のことなど歯牙にも掛けてはいない。官僚機構は地方の要望を汲み取るように組織されているわけではなく、ましてや行政装置は地方で起こった問題に即応できるような仕組みになってはいない。問題が起ったら、地方は地方で片づけるしかない。だからこそ、中央は「我ノ干リ知ル所ニアラズ」ということになる。

 だいたい膨大な人口と広大な土地を中央で一括統御・管理するなどということなどは至難、いや不可能だ。だからフランスが清国を屈服させるという「自己ノ目的ヲ達スル」ためには、地方制圧から中央へではなく、やはり「大擧シテ北京ヲ衝キ其ノ軍旗ヲ皇宮ノ上ニ飄ヘ」すべし。つまり清国の中央である北京の、さらに中央である「皇宮」を一気呵成に軍事制圧する。まさに北京の「皇宮」に、ガツーンと一撃を喰らわせるのみ。

 この小室の指摘を現在に敷衍して考えてみるなら、地方で不動産バブルが弾けようが、地方政府が絡んだシャドー・バンキングが経営破綻しようが、環境破壊反対暴動が起ろうが、中央の習近平政権は「我ノ干リ知ル所ニアラズ」として処理してしまう可能性がある。ならば中華人民共和国を共産党一党独裁中央政府の下に秩序正しく統御された国家と見做して対応することは、余り非現実的であり、効果策でもないということになろうか。

 以上の問題は複雑で歴史的にも深く検討すべきものであり、いずれ他日の考察に譲ることにして、『第一遊清記』に戻ることにするが、小室は当時の清国を代表する人物である李鴻章(1823年〜1901年)に筆を進める。

 「清國ニテ人物ト云フベキハ李鴻章一人ノミ」であり、「或人曰ク清人四億万人一モ恐ルヽニ足ラズ。只畏ルベキハ一人李氏ナリ」と。李鴻章といえば軍事・科学・産業・教育に亘り西洋近代を取り入れ富国強兵を目指した洋務運動を推進し、“黄昏の清朝”を必死になって支えた人物であり、日清戦争敗北後の講和に当たっては全権代表(欽差大臣)として来日し、下関条約を結んでいる。下関条約が清国(中国)にとって屈辱的内容であったと看做す“超民族主義勢力”からは、漢奸(売国奴)と罵られた。最近では李鴻章を近代化に尽力した開明的指導者と見做す声も聞かれるようになったが、共産党の公式的史観では依然としてマイナス評価ままだ。

 では、「何ガ故ニ畏ルベキ」か。その理由は「外國ト戰へバ必ズ敗ルルヿヲ知レバナリ」。それというのも、「支那滿廷ノ百官擧ゲテ彼是ノ強弱ヲ知ラズ内外ノ國勢ニ通ズルモノナシ」。「支那滿廷ノ百官」、つまり中央政府首脳の中で李鴻章のみが「内外彼我強弱ノ差ヲ知ル」がゆえに、「敵ニ臨デ能ク懼レ謀ヲ好ンデ能ク爲ス故ニ大敗アルヿナシ」。

 どうやら彼我の勢力差を見定めることができる李鴻章を除いたら、残るは超自己チューのボケナスであり、自国のことも判らないし、ましてや他国に目を向けようはずもない。ならば一気に時空を飛び越えて・・・現代の北京に李鴻章は・・・いるだろうか。《QED》

posted by 渡邊 at 10:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 知道中国
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