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2015年06月18日

【知道中国 1249回】 「清人の己が過を文飾するに巧みなる、實に驚く可き也」(尾崎6)

<樋泉克夫愛知大学教授コラム>
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【知道中国 1249回】            一五・六・初八

 ――「清人の己が過を文飾するに巧みなる、實に驚く可き也」(尾崎6)
 尾崎行雄『遊清記』(『尾崎行雄全集』平凡社 大正十五年)

 尾崎は批判の矛先を納めない。

 「俗語に話半分と云ふこと有れど、支那人の記事は皆百分の一位に見て適當なる可し、若し史上英雄の言行を見て其れ人を慕ひ、或は文人學士の遊記文を讀んで其地に遊ばんと欲するの念を起こすが如き者あらば、是れ未だ支那の文法を知らざる者のみ、支那の文章は古より事を皇張して、少なきも數十倍、多きは則ち數百倍に至る者と知る可し、故に文を習ふとは唯字句を修むるの謂ひに非ずして、盛んに想像力を磨き、猫を見れば直ちに筆を援て虎と書するの謂ひ也、後の漢文を修むる者宜しく之を銘す可し」。

 もはや、これに何を加えればいいのか。そういえば敗戦後、日本は蔣介石の「報怨以恩」にコロっと騙され、「百戦百勝」の毛沢東思想に翻弄され、ケ小平の「社会主義市場経済」に資本と技術を献上し(カモ葱だっただろう)・・・尾崎が生きていたら、戦後の日本の対中姿勢をどう叱責したことか。それにしても彼らの「想像力」には頭が下がる。

 これまた香港留学当時の経験だが、ある日の新聞に「諸物価変動の折、当店では価格調整に踏み切りました」と。なんのことはない。値上げです。値上げは「価格調整」である。価格を「調整」するのだから、「調整」の結果としての値下げもあってよさそうなものだが、それは絶対にない。冬、そぞろ冷たい風が吹き始めると、犬肉の屋台が店を出す。その場合、「狗肉」なんぞと無作法な呼び方は絶対にしない。飽くまでも「香肉」と呼ぶ。同時期、些か気の利いたレストランは店の入り口に、大きく派手な「龍虎鳳大会」の横断幕を掲げる。「龍」は蛇、「虎」は猫、「鳳」は鶏。ヘビとネコとニワトリの鍋料理である。あれが「蛇猫鶏大会」では面白くないし、うまそうでもない。とはいうものの、70年代前半の5年ほどの香港では、「香肉」はもちろんのこと、「龍」「虎」「鳳」にも大いにお世話になりました。改めて感謝です。誤解を避けるために、「香肉」「龍」「虎」「鳳」は決して低価格ではなかったことを、敢えて一言添えておきたい。

 さて尾崎である。10月3日にロイターが伝えたフランス政界の動向から、フランスの清国に対する姿勢の変化を読み取った。従来、フランスは清国に対し「我が要求を拒まば、直ちに支那無双の要地たる福州を擊破せんのみ」と恫喝していた。だが、清国側は「激してu々要求を拒む」のみ。そこで業を煮やしたフランスは「福州の武庫船廠及び兵艦」を押さえ、清国の出方を見ることとした。「爾来茲に月餘、清廷の巍然として動かず」。かくして尾崎は、フランスは「其支那政策の過を改め、從來頻にR耀せる虛勢を變じて、實形と爲すの第一歩と爲す」と読んだ。

 同じ時期、山東省からは元英国人で「米國聖書協會の派遣員」が「暴民」に「暴殺」されたとの情報が伝わる。「山東は從來無頼の民多く、平常と雖も難治の聞え有る省なるに、頃飢饉の患有て盗賊頻に横行し、滿洲の馬賊(平生馬に乘て賊を爲すが故に名づく)さへ入込み、人心頗る穩からなず」。そこで、この情報が正しければ報復は必至であり、「清廷の一難と爲る可し」と予想する。

 一難去ってまた一難ではなく、さらに一難も二難も加わる。清国政府にとっては弱り目に祟り目だ。「福州の郷縉」が北京の清国政府に対し、福建の軍事・行政の責任者が「密に佛軍と通ぜることを殫奏」したらしいというのだ。彼はフランス海軍への先制攻撃を主張していたが、北京が一向に許さない。そうこうしているうちにフランス海軍の攻撃に遭い、清国海軍は壊滅状態。北京は彼に敗北の責任を負わせようとした。「其事既に甚だ奇」だが、そのうえに「郷縉」の「殫奏」である。「奇も亦極まれりと云ふ可し」と。

 「奇」のうえに「奇」が重なる清国政治。どう見ても正気の沙汰ではない。《QED》

posted by 渡邊 at 08:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 知道中国
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