h230102-0340-2.jpg

2011年05月07日

5/3愛知憲法フォーラムリポート(2)

110503-092.jpg
【講師:田代秀敏氏―エコノミスト―】

 世界の中で台頭著しい中国だが、その中国が一番、意識している国は日本。
この時期、中国では、全国人民代表大会が開催され、通年、紙面トップになるが、3.11東日本大震災以降、全人代が追いやられるように、日本の震災記事が一面に取り上げられている。
 中国は当初、この地震で日本がへたり込むのではないかとみていたが、意外にそうではなく、パニックも起こさない状態でいることに、複雑な心境にあると思われる。

それでは、日本の危機とは何か
第一、東日本大震災 これによる影響
第二、高齢化と人口減少  日本は、高齢化と人口減少に入ってから、この大震災に遭った。  
第三、中国の台頭  日本は明治以来、想定していない事態。1890年以降、アジアにおいて日本以上の強国が誕生することが想定外であった。そして、今、それが現実になった。

何故、日本は没落したのか?
フランス、サルコジ大統領が、3月31日、突如、日本を訪れ、菅首相と会談した。彼は何処から来たのか、どこもそれを問わない。
 サルコジ大統領は、3月31日、中国、南京で重要な会議で講演し、上海経由で日本入りした。その前日、フランスから北京入りし、胡錦濤主席と会っている。フランスはG20の議長国である職務を利用して主要20カ国プラス5カ国の財務大臣あるいは中央銀行総裁を集めた秘密会合が、南京で行われた。
ドル機軸体制の次に来る新しい国際通貨システムを構築する会議だ。そこには米財務長官、IMF、OECD専務理事、主要国の財務大臣が出席したが、日本の野田財務大臣は欠席した。
 財務省に「震災対応で忙しいからか」と問い合わせたら、「国会対応で忙しいから」と答えた。日銀総裁の欠席を問うと、ノーコメント。「招待状が来たか」についてもノーコメント。
 2008年で限界が見えたドル機軸体制の限界。そこで次に来るべき世界経済の根底を支える世界通貨システムをどう構築するかという秘密会議。フランスが提唱し、中国で開催し、世界最大の純債権国である日本の財務相や日銀総裁が出ないで、財務官が出席した。しかし、ミニスターや総裁が出席する会議に一官僚では、発言できず、唯、座っているしかない。つまり、日本は、これから作る重要なルールに「来ないならけっこうです」と、された。如何に日本が没落したか分る出来事。

110503-114.jpg
【スクリーンを用いて説明】

日本没落の最大の原因は日本国憲法にある。
憲法を変え、日本をどうするのかを考えたい。

まずは、東日本大震災M9。これが、どれほど大きな地震であるか。
1995年阪神淡路大震災、M7.3。1923年関東大震災、M7.9。1854年安政大地震、M8。1706年宝永大地震、M8.6。869年貞観地震、M8.3。安政・宝永・貞観での地震が日本3大地震といわれる。それをどれもクリアした。有史以来の大震災。マグニチュード表記は、M1に対しM2は、約33倍。M3は1000倍のエネルギーになるようになっている。但し、マグニチュードの表記は8を超えると、エネルギーが大きくなっても、寸詰まりになる欠点があり、概ね7までは、地震の大きさを表すのによい尺度だ。

 そこで大きな地震をエネルギーで比較すると、東北大震災に比べると関東大震災はとても小さい。
宝永、安政大地震は、日本の社会制度を変える被害となったが、エネルギー比較では、今回の地震に比べると、さほど大きくない。
貞観地震の11倍。宝永地震の4倍。安政地震は、ペリー(黒船)来航の年で、12月23と24日に東海地震、南海地震が起きた。この二つをあわせても4倍になる。三陸津波地震の13倍。関東大震災の45倍。阪神淡路大震災の355倍。
 東日本大震災が起きてすぐにエコノミスト達は、復興バブルが起きて日本経済が回復するという見方をする者もいたが、とんでもない。この地震は、日本列島の地質学的安定性が壊れた規模のもの。
1854年の東海地震・南海地震が起きたとき、日本列島の地質学的安定が壊れ、以降M7クラスの地震が、何度か起きた。これに幕藩体制が耐え切れなくなった。宝永地震は、富士山が噴火。この噴火は、90km離れた川崎市で5cmの灰が積もり、関東平野の農業は壊滅状態になり、絶望的なインフレーションに襲われ、米が高騰し幕府でコントロールできなくなった。そこで新井白石が、幕政の大転換が行われた。
 将軍が決めたことを、役職ないものが変えることができた。これは、今にあてはめれば、議席の三分の二が必要とされる憲法改正。これは、ほぼ不可能だが、今なら国民の関心は高く、変えられる時期にある。最大のチャンスがきている。

110503-127.jpg
【今までの大きな地震と比較】

 安政大地震のときは黒船来航の年で日米和親条約が締結。翌年、江戸でも大きな地震が起きた。
明治に入り、三陸津波地震で、米国は、日本人移民上陸を拒否した。いかに、日本から流入してきたかが分る。そして米騒動が起きるが、翌年、日本は金本位制度を導入し、先進国の仲間入りをする。この頃、日本は、人口が爆発的増加にあり、地震のショックを吸収できた。翌々年、豊田佐吉が自動織機を発明し日本資本主義の上昇期になった。
今は、下降局面に入り有史以来の大地震が起きたことはとてつもないインパクトとなる。

 関東大震災が起きた後、震災手形を発行した。そこでモラトリアムとなるが、震災と無関係の手形まで来て、巨額の不良債権が発生し、昭和金融恐慌となる。そして鈴木商店が倒産。鈴木商店とは、当時、日本最大の企業。今にあてはめれば、日本の総合商社が一斉に倒産するようなもの。第一次大戦では、スエズ運河を通る船の半分以上が、鈴木商店が発注した荷物。日本政府を通り越え、イギリス政府が直接、取引きをする大企業だったが、あっけなく倒産。その2年後に世界恐慌が起きた。
日本の銀行は円で金を買い、金でドルを買い、相当な金が横浜港から合法的に出て行った。危機後の政策を誤ることが恐ろしいか。

 阪神淡路大震災で村山富市首相が「ワシもテレビではじめて知った」如何にこの国が危機対応できないかが分る。本質的に今も変わっていない。
阪神淡路大震災後、兵庫銀行と木津信金が破綻。その後、住専の不良債権があった。更にその後、消費税を3%から5%へ上げた。三洋証券、北海道拓殖銀行、山一證券が破綻。翌年、長期信用銀行、日本債権銀行が国有化される。
 兵庫銀行は、阪神淡路大震災で不良再建が発生した。借りた人間が被災し、貸した側も被災した。
今回の震災では、東北での信金や信組が物理的に消滅した。しかし、そのデータは東京にあり、そこから他への貸借関係があり、驚くほどの不良債権が発生する。日本政府から説明はない。


posted by 渡邊 at 14:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 報告
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/44931255

この記事へのトラックバック
空き時間に気軽にできる副業です。 http://www.e-fukugyou.net/qcvfw/