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2013年05月14日

5/19第12回大田絵堂歴史講演会の案内

平成25年5月19日(日)山口県美祢市美東町にて明治維新の奔りとなった、「大田絵堂の戦い」の戦没者供養会と歴史講演会が行われます。
参加無料
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日時:平成25年 5月19日(日)13:40〜15:40 
場所:美祢市美東センター 08396-2-5555
主催:大田絵堂の戦いを顕彰しよう会
1部:講演「ふるさと学習・郷土の歴史から学ぶ
〜功山寺決起と大田・絵堂の戦い〜」
講師:渡邊 毅先生(皇學館大学教育学部准教授)
2部:パネルディスカッション
「『善く生きる』ことの大切さをどう教えるか」
パネラー 
上田俊成先生(松陰神社宮司)
岡村精二先生(山口県議、学校法人山口精華学園理事長)
渡邊 毅先生(皇學館大学教育学部准教授)
司会 山口敏昭(「大田・絵堂の戦い」を顕彰しよう会代表世話人)
※当日は午後1時より約30分間、戦役殉難者の供養会も営ませて頂きます。

詳細はこちらをクリック。(案内チラシPDFが、ダウンロードできます)

【解説】 大田・絵堂(おおだ・えどう)の戦い

慶応元年(1865)正月、美東町の大田・絵堂を主戦地とした、幕府従順派の「萩政府軍」と、高杉晋作らが率いる「諸隊」との戦いで、明治維新の発祥となった戦いです。

蛤御門(はまぐりごもん)の変で大敗して「朝敵(朝廷に背く賊)」という烙印を押された長州藩が、幕府の出す条件を唯々諾々と飲んでいることに危機感を募らせた高杉晋作は、下関の功山寺で決起します。やがて、奇兵隊などの諸隊もこれに呼応し、美祢市の伊佐に移動を始めます。そこで、これを鎮圧しようとした萩政府軍と対峙し、ついに1月6日夜半、諸隊側の奇襲で戦闘が始まりました。

10日間にわたる交戦の結果、山県有朋や高杉晋作が率いる諸隊側が勝ったことで、藩主・毛利敬親は幕府従順派をしりぞけ、幕府軍に対抗するため大村益次郎を登用し、慶応の軍政改革に着手します。次いで、第二次長州征伐に長州側が勝利することで、幕府の弱体ぶりが露見し、時代は明治維新へと一気に突き進んでいきます。

こうして、長州藩が藩の政策を、「佐幕」から「倒幕」に大転換する転機となったのがこの「大田・絵堂の戦い」であり、この戦いがあった山口県美祢市美東町は、“明治維新発祥の地”と称されています。そして、2年後の平成27年1月には、戦いから150周年を迎えることから、歴史顕彰への取り組みにも力が入っています。
posted by 渡邊 at 11:40| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ
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