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2011年11月13日

塚本先生11月下旬世評「男はどこへ消えた」

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男はどこへ消えた 平成二十三年十一月下旬 塚本三郎

 秋は祝日が多い。土、日に付けて祝日も重ねた三連休が珍しくない、休日には一日中、机に向かって読書し、退屈になってテレビをつけ、いっときは尺八を吹く。
 二日も家に居れば退屈になって、妻を誘い気分転換のつもりで街中に出る。
 勿論、目的は妻の好むデパートであり、外来のブランド店が占める流行物である。
 一々品を確かめ、値段を調べてみても「セール」の看板程に値下げしていない。円高なのに、「デパートはユーロと関係ないのね」と店員に愚痴る。最初から買う気がなくとも、一言非難だけは残して歩くのが彼女のクセ。と言えば怒るだろう。
 どの通りも若者達で溢れている。さすが我々老人はお呼びではないらしい。
 だが眼につくのは、女性の元気良さである。通行者の八十%は女性である。二十%は若い男子が、女性に手を引かれて歩いている。
 両側の店、特に名古屋は街路が広いため、街の中心部は、道路下の地下街がにぎわう。約三百店程の商店の中で「男もの」の店は三軒より見当たらない。店は女性中心だから、歩く人も女性とならざるを得ないのだろう。
 一服しようとコーヒー店を覘くが、九十%は若い女性の群れで、男は入ることを禁止されているのではないかと疑うほどである。
 買い物袋をぶら下げて、さも得意気に歩く中年女性は、混雑する道をわがもの顔で歩くが、対向の人を避けようとはしない。私が避けなければ、相手の下げる買物の袋に「ぶつかる」。それでも「ごめんなさい」とは言わない。「あなたはなぜ除けないの」と言いたい顔でニラミツケル。

 この二十年ほど、若い女性に「どのような男性を好むか」と尋ねると、きまったように「優しい人」という。私の青春時代には、誰もが「男らしい人」に憧れたものだった。
 今では、男たちが女性に迎合する。議会議員が、選挙民やマスコミにへつらうように、青年たちは、女性に好まれたいと努める。
 日本から男がいなくなった。「優しい男」は、ついこの間までは「優男」やさおとこ、と言って、頼り甲斐のない男か、ふしだらな女誑しとみられて軽蔑されていた。
 男性たちが、テレビが垂れ流す愚劣な番組の影響によって、饒舌になった。
 日本が国家として男らしさを失った最大の原因は、アメリカに国の安全を委ねて国としての自立心を失い。羅紗面国家(ラシャメン)になったことである。かつて西洋人の妾になった日本女性を、そう呼んだ。
 東京は首都であるのに、国軍である自衛隊の制服を着用したものの姿を、全く見ることがない。世界のどこであれ、首都では、その国の軍人が制服姿で闊歩しているのを見るものだ。               (外交評論家 加瀬 英明 『カレント』より)

 テレビをつけると、その主人公の九〇%は女性である。出演者はすべて美しく、きれいな発声だから、テレビ向きであることは、うなずける。
 だが、その内容もまた、女性特有の番組で、男性はお呼びではない。もちろん、男性は職場一辺倒だから、視聴者として、テレビと付き合う時間が無いようだ。それゆえか、テレビの内容も、食べもの中心で、出演者の声は「おいしい」の連発である。
 そんな家庭の中で育った子供達は、自ら女性的な男とならざるを得ない。

日本に日本人らしい男が居なくなったのは
㈠ 東京裁判で日本を侵略国家と悪徳呼ばわりし、歴史認識を偽った。
㈡ 公職追放によって、国家への献身者を追放し、そのあとを敗戦利得者に受け継がせた。
㈢ 教育勅語を禁止させ、日本人に人間教育の根本を消失せしめた。
㈣ 新憲法を押し付け、日本社会から、平和の美名により、平等と権利の主張中心とした。
㈤ 防衛力を否定し、その上、自主独立の魂と、経済中心の強欲社会に向けさせた。

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一.東京裁判
東京裁判は裁判ではなく、日本国家こそ侵略国家であり、平和を侵した世界の犯罪国家であると、宣言するための、歴史偽造の猿芝居であった。
勝者のみの検事と裁判官で構成しており、これは本当の裁判ではない。
被告とされた日本の指導者の上申書は、すべて却下された。
唯一、中立国家代表の印度代表パル博士は、日本無罪を判決した。
そして五十年を経て、旧戦勝国から情報公開が行なわれ、満州事変、日支事変、大東亜戦争など、勃発の原因が日本ではないことが公表され、東京裁判の嘘が暴露されつつある。

二.公職追放
A級戦犯は死刑と断罪され、必死に日本の戦争に協力をした人達は、すべて犯罪人とし、日本国家の将来に対して平和の敵として追放された。
地域に於ける、町内会長の一人ひとりにまで追放が下され、公職に就けなかった。
その代わりに、戦時中日本国家、社会に命運をかけなかった人が公職に就いた。
国家に貢献しなかった人こそ、平和の人と呼ぶ、世に言う「敗戦利得者」が、教育を中心とする「公の場に座って」日本を指導した。

三.教育勅語禁止
日本が、全世界を相手に、曲がりなりにも数年に亘って互角の戦争を続けて来たのは、国家中心の教育こそ、日本人の在るべき人倫の道であるのに、敵対した立場から、犯罪のャと判定して、教育勅語を悪の根源に仕立てた。
而も、日本の議会で、自発的に禁止を決議せしめた、卑怯な占領軍の指示だった。   
 男らしい男と一緒に生活した戦前の夫婦と異なり、戦後は優しい男と共に、産み、育てられた子供が、今や大人となり、孫を産み育てる親の立場に変われば、その孫たちは、すべて男らしさは失われてゆく、当然の運命である。
 男が職場で働き、得られた給料も家庭の口座に振り込まれる。その結果は一家の共働き生活の所有財産と変化する、夫の価値を示す場がない。
 せめて、主人が、月末に戴く月給袋を自宅に持ち帰り、女房や子供の前で、月給の有り難さ、嬉しさ、職場への愛着と感謝の気持ちを語れば、まともな社会人として男の自負心が表現されるのであろうのに。

四.新憲法の押し付け
 日本国家の生存と安全はアメリカが護るから、自主防衛は不必要だと、占領軍が新憲法を押し付けたのは、日本が再び強国になることを恐れたからである。
 勿論、日米同盟と呼ぶ名によって、日本国内に在る米軍基地を自由に活用して、アジアに於ける支配権を維持し、かつ中国、朝鮮半島、及びロシアの、日本への侵攻を喰い止めることを主目的としたことは否定しない。
今一つは、日本が暴発しないよう、ビンの蓋の役を果たしていると考えているようだ。
 特に、独立国の自主防衛の否定と、国民の権利の主張は、即国家権力の弱体化となる。
弱者を護るのは強者の義務であり、権利でもある。それは国家対国家のみではない、男性が女性に対しても同様である。
 日本では強者の義務と権利を男性から消去し、自由と権利の強調を女性に扇動した。戦後の日本から男が居なくなった根本の一つは憲法に在るとみる。

五.防衛力軽視と強欲政治から、自主独立へ 
 自主防衛を自ら否定し、すべてを同盟国アメリカに委ねて、日本は専ら経済活動によって、お金儲けに全力を傾ける商人国家に堕しつつある。その目標はやや達している。
 だが、商業やお金儲けのみが、国家、国民にとって決して満足すべきものではないことは、ユダヤ人が、イスラエルの建国に命運を尽くしていることでも判ると思う。
 従って、日本も戦前の強国であった姿を否定するのではなく、アメリカの支援を徐々に削除しつつ、その削除した部分以上に、日本自身が、強力な自立心と国防力を築き上げることが日本の在るべき姿である。
この度の天災は、日本の国の姿を一変せしめる為の、神・仏の御忠告と受け止めよう。
 二〇一一年三月一一日の東日本大震災は、日本人には未だ男の魂が消えていない。その姿を如実に示してくれたのが、自衛隊の貢献である。男としての、すべての能力を発揮してくれた。その姿を全国、否、全世界にも結果として誇示したことになった。
 東電担当者、政府原子力責任者、と共に献身した姿は日本人の誇りを示した。
 アジアに於ける、中国の最近の居丈高の軍事力増強と対比して、アメリカの国・内外の事情から塹減しつつある防衛力は、ことアジアに関する限り、日本が補うことは日本の責任であると共に、日本には、その能力と使命が在る。
その為には、日本の青年に、徴兵制の是非を検討する時期に来ている。少なくとも青年に、国防教育と、団体訓練と、共同生活に依る練成の場を設けることを提唱する。
 世界一強力な軍事力によって、防衛力、とりわけ核兵器の傘の下で育った日本の男子は、自然に男らしさが失われてしまっている。誠に残念なことである。
 人間は環境によって大きく支配される。戦前と戦後の日本男子を比べてみると、余りにも異質に見える。その主たる原因が、国家の防衛力の有無に在ることは申すまでも無い。
 僅かに残された、日本男子の真の雄姿が、はしなくも、今回の東日本大震災に取り組んでおられた、自衛隊の活躍に充分発揮されている。
 自衛隊員こそ真の日本男子本来の姿だと、各隊の指揮者は自信をもって誇示している。
 自衛隊は武力をもって、国家の安全を守る任務が在るからである。
それは、隊員には強く正義心に燃えた魂が根底に在る。そして日本の周辺に蠢く、共産主義国家の、嘘で固めた宣伝を打ち破る、教育勅語に示されている大和魂が厳存している。悪と嘘を許さない強固な武士道が貫かれている。
そして今日の自衛隊指導者は云う。愛国心は、規律ある訓練と団体生活が若者を鍛えている。「俺達は若者を鍛え、育てることが、国防の第一の任務だ」と自負して止まない。 

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【気になったニュース紹介】
AFPBBNEWS>>日本のTPP交渉参加、オバマ大統領のアジア構想に追い風>>>>

 わが国が、国家戦略を描いて実践してきたなら、交渉力もあり、これをチャンスにすることもできるでしょう。減反政策・農協等々、の指導が日本の農業のためになってきたのでしょうか?その票が気になる議員も多かったのでは。 



2011年10月28日

塚本先生11月上旬世評「昭和恐慌を救った高橋是清」

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塚本三郎元民社党委員長

昭和恐慌を救った高橋是清  平成二十三年十一月上旬  塚本三郎


 惨烈をきわめた東日本大震災の復興財源として野田政権は、大幅な増税を実施しようとしている。勿論、借金を後世の若者に付け送りすることは避けたいとの弁明である。
 併しこれはいかにも下策であり、財務省の言い分そのままだと思う。日本の経済状況を省みれば、絶対にやるべき施策ではない。
 一九九〇年代初頭の平成不況以降、リーマン・ブラザーズ破綻などを契機とした、百年に一度の大不況に苦しめられ続けているのが日本経済である。
 国際的な金融混乱や、世界不況の影響を受けたとはいえ、日本政府が、かくも延々と不況、停滞を続けて来たのは、わが国政府が、ケインズ的な、マクロ的有効需要管理政策の実施を怠り続けて来たという「人災」によって生じた事態である。
 わが国は、マクロ的デフレ・ギャップ(完全雇用・完全操業)に近い創業度と比べれば、GDPで毎年四百兆円が空しく失われていくのである。
 だからと言って復興財源の調達を国債の新規増発も、これまた下策である。
 国債の市中消化は、民間資金の国庫への吸い上げを意味し、民間での「カネ詰まり」と市中金利の高騰を生じ、経済の不況・停滞を一層悪化させかねない。
 今回の大震災でインフラや生産設備が大量に崩壊し、需要もまた大幅に落ち込んでいる。
 今日、更に増税によって、それに追い討ちをかければ、わが国の経済は、ほとんど再起不能の大打撃をうけることにならざるを得ないであろう。
 今日行なうべき経済政策は、大規模なケインズ主義的、マクロ有効需要政策の断行をすべきである。日本経済を上向きにさせるため、それを可能にするような「打ち出の小槌」とも言うべき、充分に潤沢な「第三の財政財源」を決め手とした「救国の秘策」を至急に策定すべきで、それが「政府紙幣」の発行である。     (丹羽春喜氏の概説)
 独立国には、通貨の発行権利が在るからこそ、経済政策が成り立つ。一国に独立した通貨が在ってこそ、市民生活の安定、物価の価格維持も可能である。
 今日、ギリシャが大混乱を来している通貨の危機は、こと経済問題に対して、通貨発行権をユーロに一任しており、自国としては如何ともし難い処に根本問題が在る。
 日本経済に対して最も大きな影響を及ぼしているのは、アメリカであり、中国である。
 アメリカは、三年前のリーマン・ブラザーズの破綻によって大打撃を受け、大不況の危機に直面した。とりわけ失業率の増大は、直ちに政治的危機に繋がるから、オバマ政権は、通貨の大増発を行なって、不況を乗り越えようとしている。
 増発したドルは日本円に換算して約二百五十兆円とみられる。国際通貨の裏付け無き増発はドル安へと連動し、当時一ドル一一四円の価値が、今日では七〇円台へと低下した。
 ドルの保有国は五〇%も、その価値を消失したことになる。
 中国も同様のリーマンショックの影響を受けて、「元の通貨」を増発して、失業者の増大を阻止することに懸命である。この国は、公共土木工事、とりわけ高速道路の新設や、高層住宅の建築に総力を挙げて来た。このことによって失業者の増大は、阻止されたやに見える。
 裏付けなき通貨を増大させた中国は、物価の高騰を招き、これを沈静化させることに苦慮し、結果として物価の高騰を招き、それを抑えることに中国政府は漸く踏み切った。
 日本の通商貿易の相手国として、最大の量と金額の多いアメリカ、及び中国の両国が、資産の裏付け無き通貨の増発によって、ドルの暴落を招いたアメリカ。そして同様の中国は、物価の高騰を招いていることは、他山の石とすべきは当然である。
 だからといって、日本は、そのあおりを受け、馬鹿正直に通貨の信用維持に血道をあげて来た結果、「空前の円高」を招いている。
 勿論、円高はデメリットばかりでは決してない。
 既に波乱の世界経済を乗り切りつつある経営者は、円高こそ日本経済の出番であると自負して、対外的に勇断をもって、世界の信用ある企業に対して、ひそかに「投資と買収」に資力を投入しつつあることは心強い。
 政府も経済活動の質と量に比べて、資源の少なさは身に染みているから、国家が、先導的に、全世界に向けて、秩序ある資源を入手すべく心掛けるべきである。特に鉱物資源など、今日の日本国家として、経済活動に不可欠の資源を確保する良い機会である。

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タグ:恐慌

2011年10月17日

塚本先生10月下旬世評「今こそ大胆で粗野な政治を」

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今こそ大胆で粗野な政治を
                 平成二十三年十月下旬  塚本三郎


 政府は当面の施策、東日本の大震災や、東京電力福島原子力発電所の放射能対策に対して、有効な打つ手を失って、立ち往生していたのが現在までの状態ではないか。

 だが日本の在野には、智慧者は沢山居る。そして多くの参考となる提案が出されていた。

 例えば、東北三県の被害者のうち、会社や工場の流失によって職場を失った失業者が三十万人に至るとみる。――その人達に失業保険を給付するよりも、国家が責任を持って五年間、公務員として雇用し年四百万円を支給し、その人達を中心にして復興の作業に当たらせよ、との学者の説は一考に値する。勿論それを希望する人にのみ。

その間に自分の経験した仕事や希望する仕事を見つけ出せば良い。

 また、原子力発電の問題を論ず前に、ダムの原理を応用して、海流そのものを発電力に利用する。日本の四方は海に囲まれている。干満の差の大きい所から手を付けたらどうか。最も有望であるのは、瀬戸内海の一部をダムとして利用し、潮流の干満する自然の力を毎日利用することを考えるべきだ。(加地伸行氏)

 右の如き、大胆ではあるが具体的な考え方は、既に学者によって提起されていた。

だが、それを政治と云う、高度のレベルで、理想と現実を結び付け、それを実現させるには豪腕の政治家の出現が無ければ、単なる思い付きにしか過ぎなくなる。

せめて異論はあろうが田中角栄氏の如き、豪胆にして、粗野な政治家が、日本に果して求め得られるかどうか。問題は政治力がことの成否を決めると思う。

 これ等の案は、今日では未だ単なる理想家の思い付きとされている。だが論理的には間違ってはいない。また不可能ではないと思う。「やってみよう」ではないかの声が欲しい。

 最近の風潮は、「失敗を許されない」と云うのが政界の常識である。

而も失敗を大々的に取り上げ、非難、皮肉を重ねるマスコミの取材と報道の仕方が、ことによっては、政界の人々をして小心者の集団へと追い詰めている。

長期政権を目指す指導者は、何ごとも無難が第一と心掛ける。失敗と不名誉を恐れない勇気ある政治家が欲しい。国民は今こそ、大きなスケールの政治家を望んでいる。

 勿論、マスコミの、この風潮を批判する前に、政治家個人が自己宣伝の為に、単なる思い付きを、さも実現可能の如く宣伝する。個人のみでなく、時には政党さえも、マニフェストと評して、世論に迎合し、おもねりに終始する政治家が多く居ることも問題である。

民主主義政治の長所と短所が、一枚のコインの裏表であることを悟らされる。

小沢元民主党代表の裁判

 小沢氏の資金管理団体「陸山会」の土地購入を巡る事件で政治資金規正法違反罪で、強制起訴された小沢一郎被告の初公判が開かれた。

 小沢被告は起訴内容を全面的に否定し、無罪を主張した。

物的証拠と状況証拠の論争――日本の犯罪捜査は、従来、物的証拠よりも、犯罪とみなされる状況証拠が中心となっており、余り異存はなかった。しかし、庶民生活のなかでは時として、無実の罪人を生む結果が出て来る。更に科学技術の発達によって今日では、物的証拠こそ有罪とすることが判決のキメテの如く変化して来た。

その結果、物的証拠さえ残さなければ有罪とはならない。更に検察陣は、物的証拠を握ることが出来なければ、起訴さえも避ける。無罪の判決を恐れる官僚の風習となった。

 断定するつもりは無いが、小沢一郎氏に関する今回の裁判は、その典型的モデルと思う。小沢氏は、物的証拠さえ残さなければ、有罪とは断定されないと云う、検察の流れを読み取って、政治活動にカネの力を充分に利用した。政治とカネについては、百戦錬磨で、カネこそが権力であると信じ、事業家ではないのに巨大なカネを所有し、その上、土地とビルまで数ヶ所を持っている。

 世間の常識の上に成り立つ民主政治の代表であり、政党の実力者の彼は、そのカネの所有と注目されている不動産について、明確に説明する責任が在る。情況証拠として疑われているならば、その不自然すぎる情況を堂々と解明すべき、説明責任が在る。まして国会議員の仲間から証言を求められている、状況証拠を否定する彼には説明の義務が在る。

国家権力と政党の混同(野田政権)

思えば、一昨年の衆議院選挙こそ、賞味期限の切れかかった自民党の長期政権に、「お灸を据え」たのが、当時の国民の心情であったと思う。

 だが、そのお灸が強すぎて、結果は自民党への「火焙りの刑」になってしまい、未だ本来の姿に立ち戻っていない。そして民主党の叫ぶ「政権交代」が成立した。

鳩山、菅両政権は、民主党の掲げたマニフェストが、国民の眼には出来もしないニセモノであったことを、僅か二年間で実証してしまったのは皮肉である。

 加えて東日本の大震災による放射能汚染の始末の不手際と、鳩山、菅両氏の破廉恥な言動。――更に欧州、とりわけギリシャの財政破綻による、ドル及びユーロの下落による円の高騰は、二重、三重の重圧として民主党政権に押し寄せている。

政権交代を唱えた当時の民主党の叫びと、主張そのものが誤りとは思っていない。

民主党の公約は、出来もしないことではあったが、国民は当然の理想と共鳴し、期待した筈である。政権交代や、マニフェストや、政治主導を非難するのではない。

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タグ:野田内閣

2011年09月28日

塚本先生10月上旬世評「人間力の凄さ」

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人間力の凄さ       平成二十三年十月上旬   塚本三郎

習うことは慣れること

 自転車は、止まっていればすぐに横転する。走っていれば転ばない。走るには、運転する人間が、左、右に傾かないように、操縦しているからだ。

 その微妙な操縦を小学生になれば誰でも乗りきる。僅か一日の練習で大丈夫だ。

 人間の感覚、慣性は素晴らしい。

 自動車という文明の利器は、今日では人間の下駄代りとなり、日本の各家庭に普及した。一家ではなく、一人に一台の便利な足と代った。ただ土地代が高いから自動車の駐車場の癌となっている。私も車を運転して、既に半世紀を越えた。車内でニュースを聞きながらの運転である。それでも前方を見ていれば事故を起こさない。

ニュースは耳と心で聞き、眼は前方の信号と左右の道路の利用者、前方車の急停止、車線変更、追い越し車の暴走にも注意を払う。未知の道を避け無事に自宅へ戻る。

 私にとっての日々は、政局に気を使う。国政に青春を捧げた往時の夢が消えないからだろう。愛国者とか憂国の士を自負するつもりはない。されど人生の青春時代の習いが性となっているから、政府と野党の動静の記事を真っ先に眼を通す。

今では解説者となった友人の解説記事や、テレビの討論には、自らチャンネルを合わせる。「彼ならば、こう言うであろう」と発言の前から予想する。すべてが予想通りだと、拍手を送る。

 気分を休めるために、休日にはピアノを弾く。勿論、昔の演歌の極々初歩である。右の指のみで、左手の伴奏は無理。約一時間、楽譜を見ていれば、自然と右手は鍵盤を叩く。眼が楽譜と鍵盤を繋ぐのだろう。楽譜を考えていては、音楽にならない。

流行歌を口ずさんでいれば、楽譜を見なくとも歌によって、また鍵盤上を見なくとも、右指が自動的に歌に合わせ、しかも強弱や、速度も曲相応の音を出す。

 昔、孫娘が自分の演歌の指捌きを見て、まどろしく思い「おじいちゃんどきなさい」と自分を椅子から追い出し、両手で名曲を弾き始めた。素人の眼では「天才だなぁ」と思える程に見事だ。それが普通の子供達の指捌きだと云う。

齢八十を越せば、それでも譜に合わせて、指が一緒に動いてくれるだけでもよい。

ボケ防止のため

 政界を引退して、老後の余暇利用と、健康の為に何か一つと考え、尺八の練習を思いつき、習いはじめた。爾来、約十年。

 この世界は、ピアノと比べて、音楽の舞台でも別世界である。

 尺八寸の長さ。竹の持つ独特のは素晴らしい。前に四つの穴、手前に一つの穴の操作によって、すべての音色が変化する。自分が吹く息の竹の中を通る風力が、前後五つの穴の操作によって数十の音声に分かれる。

 しかも、吹き込む風力の強弱によって、全く異なった音色となる。吹く風の量と、強弱によっても異なることは、楽器の持つ、特色、即生命であろう。

この音色によって、自分の体力の良、不良を悟ることさえできる。

 習い始めて約十年。心を癒す為に、少しずつ吹き続けて今日に至る。音を聞きながら、自分の体力と心の癒しを感じるが、不思議なことは、楽譜を眼で捉えていても、そのまま指が動いていることである。

 譜を眼で捉えて、そのまま指で穴を押さえていると、吹く息は筒の中を走り回り曲と変る。自分の心は音楽の総合指揮者のつもりであろう。それでも頭脳は、何のかかわりもないかの如くである。習慣と呼ぶ人間力の凄さだ。

頭脳と能力は無限

 金婚式を越えて、夫婦合わせて既に百六十歳以上。二人きりの生活が続いている。

 妻が時々新婚生活当時の話を食事どきに持ち出す。

 女性の会話には、「主語が無い」と言われるが、わが家もその通りだ。何の、誰の、いつの、と問い質さないと話は通じない。それでも会話を続けるには、話の主語の、誰々さんは、と確かめる。話している間に、当時を思い出す。

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2011年09月18日

歴史の教訓

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歴史の教訓         平成二十三年九月下旬   塚本三郎

 日本が、この戦争に負けたなら、敵であるアメリカは、我々を奴隷として、当時の黒人と同様の扱いをするに違いない。戦時中、このように教育されて我々は育った。そして、生命を懸けて祖国防衛に必勝の戦争体制を整えた。それが我々の青年期であった。

 しかし、日本は敗れたが、アメリカの奴隷にはならなかった。否むしろ、負けたことが、かえって良かったと云うことも多く在った。おおげさに云えば、夢の如き時代とも思えた。

 大都会は焼野原と化し、日本は三百万人を超える戦争犠牲者の数を積み重ねた。しかし表面的には、幸運続きの敗戦後の日本であった。

 敗戦の結果、日本が民主政治となり、世界の中で自由に働くことの出来る、広々とした雄飛の活躍の舞台を与えられたことは、私ども青年にとって、何にもまして素晴らしい贈り物を得た思いであった。

 勿論、勝者たるアメリカは、好んで日本人を厚遇したのではない。彼等には勝者間に於ける苦悩が在った。それは共産主義ソ連の台頭で、自由諸国にとって最も警戒すべき共産主義、独善の国・ソ連を敵視せざるを得なくなり、それに対抗する必要があった。 

思えば第二次大戦中、ソ連を味方の陣営に誘い込み、更に強大な勢力になるよう彼の国を助成したのはアメリカ自身であった。

それは、日本、ドイツと呼ぶ敵に勝つための一手段に過ぎなかった。

 第二次大戦中、日・独・伊三国軍事同盟を敵とした英・米中心の連合国は、味方に付けてはいけない相手であることを承知の上で、ソ連共産国を同盟国に引き入れた。

そして勝利が決まったその瞬間から、ソ連を敵視し警戒を強めなければならなくなった。

 皮肉なことは、日本が敗戦国となった、その瞬間から逆に日本を味方として扱わなければならなくなった。そのことは日本の為ではなく、ソ連に対抗する防壁として、日本国の力を利用すべき、と考えたアメリカの損得の勘定が露骨である。

 勿論、それが為に日本国は、敗戦国らしからぬ扱いを受けた。そのことは、占領者自身の計算であって、真に人道的な占領政策とは異なる。日本国民は、その正しからざる幸運こそ、逆に今度は冷たい報いをやがて味合わされることになる。

即ち防衛に対する責任と自立心の放棄。とりわけ独立国としての自主外交の喪失は法律上の形式のみではなく国家としての魂の喪失である。この魂を正常に取り戻すためには、今日に至るもなお、外敵の脅威が眼前に在るのに、放置されたままでいる。

歪められた歴史教育

占領下で、勝者の立場から、日本が侵略者として歪められた歴史教育を押しつけられた当時の扱いが、高い代償として教育の世界にも拡大されて今日に至っている。

特に自主防衛の整備が今日に至るも即「軍国主義」と内外できびしい非難をも味わう。

 アメリカは第一次世界大戦以後今日まで、日支事変及び大東亜戦争に於ける、日本の果しつつある役割即ち、アジア諸国の解放及び独立達成と、大東亜共栄圏の確立について、日本の行動は許し難いことであり、侵略者であり、軍国主義者だと、わざわざこれを曲解非難し、十九世紀以来アジアにおける植民地政策の夢を維持する誤りを捨て得なかった。

二十世紀アジアの動乱は、支那大陸

今日、否今後も暫くの期間は、支那大陸の中に支配力をめざす漢民族の、資源獲得と領地拡大の夢こそ、物欲、支配欲、加えて、汚職まみれの政治がうごめいている。

かつてアジアの情勢に疎いヨーロッパ各国が、支那大陸の各地に持っている植民地の維持と、ソ連の野心、それに加えてアメリカまでも、支那大陸への野心が、対日制裁と云う美名によって、日本の大東亜共栄圏構想を、アジアの外から壊すことになった。

ソ連は、露骨に、そして巧妙に支配力伸張を意図して、国共合作から反日戦争を強化、アメリカとも協力して、漢民族を支援して来た。

アジアの実情に疎いアメリカは、日支事変即日本の侵略と、対日制裁の美名の下に、大陸に野心の根を植え、遂に、日本の敗戦後、いっとき支那大陸を支配下に治めた。

中国大陸の主力は漢民族で、その主力が中華民国国民党であって、その勢力のなかに、ソ連の手先である「毛沢東率いる共産勢力」が根を張っていることは想定し得なかった。

本来ならば、日本の敗戦直後から、中華民国国民党と共に、支那大陸に最大の支援の力を投じたアメリカが、大陸の支配力を確保すると予測した。

しかしすぐ隣に位置するソ連が、地球の裏側のアメリカの勢力を一掃した。支那大陸で支配力を失ったアメリカにとっては、歴史の大きな誤算となり、忘れられない教訓である。

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